人類の誰も知らなかったことへの挑戦。筋肉が骨になる難病の治療法の確立を目指して。
「骨を増やす薬を作る」というテーマと向き合った大学院時代。
私は、筋肉が骨になるという極めてまれな難病、進行性骨化性線維異形成症(FOP)の発症原因や診断・治療法について研究しています。元をたどれば、大学院時代の研究テーマ「骨を増やす薬を作る」に出会ったことが全ての始まりでした。北里大学薬学部に在籍していた大学3年の時に、遺伝子について研究したいという思いから、該当する研究室を探して一つずつ訪問。最終的にお世話になったのが北里研究所の副所長(当時)で、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生の研究室でした。そして、その修士課程の中で先生から提示いただいたのが、前述の研究テーマだったのです。
進行性骨化性線維異形成症(FOP)の治療薬開発に、産学官共同で取り組む。
当時、骨を増やす物質の存在については分かっていませんでしたが、骨折した際に骨を修復するための骨誘導因子(BMP)が骨に含まれているという事実だけは判明していました。骨誘導因子は筋肉の中に移植するとそこに新しい骨を作る因子です。これとそっくりの現象を起こす病気があることを論文で知りました。それが進行性骨化性線維異形成症(FOP)です。
私はFOPに骨誘導因子が関連しているに違いないと考え、研究テーマとして扱うことを決意。歯学部の助教や海外留学などの経験を積んだ後、2004年に埼玉医科大学ゲノム医学研究センターに着任したのを機に、誰も着手していないFOPの研究を本格化させました。その翌年には、「埼玉医科大学FOP診療・研究プロジェクト」を組織。2007年に厚生労働省の指定難病となったこともあってFOPに注目が集まり、研究は日々発展を続けています。FOPの原因遺伝子は、骨誘導因子の信号を細胞内に伝達する受容体の遺伝子でした。この変異によって、「過剰に骨を作る信号」が細胞に伝わり、筋肉が骨になることが明らかになっています。こうした発見を生かし、遺伝子変異に基づく解析から国内製薬企業と共に治療薬の開発を実施。国立研究開発法人からの支援も受けて、産学官共同研究の取り組みとして進行中です。
患者さんの思いを身近に感じながら研究に打ち込める環境の素晴らしさ。
私はこれまでに薬学部や歯学部でも研究に携わってきましたが、埼玉医科大学では患者さんや臨床医の先生方が近く、直接お話する機会に恵まれていると感じます。そのため、自分たちの研究が社会に貢献できる可能性があることを肌で実感できます。難病に苦しむ人々の力になれるように、これからも変わらず研究活動に全力を尽くすつもりです。
研究という行為は、人類の未知に対する挑戦と言えます。現代では世界中の情報を容易に入手できますが、それが全てではありません。皆さんには、誰も知らなかったことを自分で見つけ出すプロセスの大切さに目を向けてほしいと思います。
埼玉医科大学 副学長 医学研究センター長 片桐 岳信 先生
1987年北里大学薬学部卒業、1992年同大学大学院薬学研究科修了。2004年に埼玉医科大学ゲノム医学研究センターに着任。現在は医学研究センター長を務めるとともに、医学部ゲノム基礎医学で教鞭を執る。専門領域は運動器の病態生理。